雲の向こうは青空

日々の幸せに感謝です

自己肯定

昨日、娘が寝る時に「ママがどっかに行ってしまう夢を見た。怖かった」と言った。私は「あらー?(夢の中の私は)どこに行ったんやろなー?」と言うと

 

「わし・・・ママとずっと一緒にいたいねん」

 

と、娘。そしてシクシクと泣き出した。

 

ええええっ?!夢やん!夢やから大丈夫!!お母さんはここにいるよ。ずっと一緒にいるよ。・・・てか「わし」って!!せっかく可愛い事いってるのに「わし」って。小4だから。なんで自分の事を「わし」って言うの。

 

まぁ、「わし」は今後治すとして、娘はとにかく私の事が好き。・・・好きと言うか私がいないと不安になるみたい。

 

なんでかな。娘に何があったんだろう。私は娘に対して、きつくも放ったらかしでも、かまいすぎでもない、なんと言うか「ほどほど」の普通の育児だと思うのですが・・・

 

良い母親ではないけれど悪い母親でもないと思う。なんと言うか普通。「普通のお母さん」だと思うのだけど・・・・

 

でも娘が「私がいないと不安」の気持ちが人より強いのは事実。不安な気持ちを持ったまま毎日を過ごしていると思うと可哀想。

 

うーん、きっと娘は自己肯定感が人より少ないんだろうな。自分に自信がないから助けてくれる人に側にいて欲しい。

 

自己肯定でどうやって育てるんだ。軽く調べると幼少期のかかわりが大事だそうで、もう幼少期終わってるやん。今からできる事。

 

①小さな事でも褒めてあげる。

②頑張りを認めてあげる。

③話しをよく聞く。

④感謝の言葉を伝える。

 

ふむふむ。なるほど。今日から試してみるぞ。

 

 

 

 

 

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紅葉の京都へ

11月半ばに京都の東福寺に紅葉を見に行ってきました!10時30の東福寺駅で友人と待ち合わせしたのですが、駅にはすでに凄い人!駅を出ると更に凄い人!

 

皆さん、東福寺へ紅葉を見に行く人なのです。すでに帰ってきている人もいる。朝の10時半ですよ?10時半の時点で参拝を終えた人が駅に帰ってきているのも凄い。

 

ワタクシ、大阪在住でしかも比較的、京都に近い大阪に住んでいるのに、東福寺は行った事がなかったのです。で、初めて行った東福寺でしたが・・・・・・

 

綺麗でした!!

 

日本の美のが凝縮されていました。建物と紅葉のバランスも良いの。目で愛でるように考えて植樹していると思う。木々の高さや紅葉の色のバランスも良いの。

 

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日本人で良かった。

 

東福寺を出て徒歩で稲荷神社に向かいます。京都らしいお店がちょこちょこあって見ているだけで楽しい。歩いていると七味のいい匂い。そしてお客さんが並んでいるお店を発見。

 

京都の七味!以前から興味あったのよ。そして我が家は俄然七味ブーム!買わないはずがない!!

 

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こちらで550円だったかな。ゆず入り。とにかく香りがいい!もうめちゃお気に入り。これからはこの七味のためだけでも京都に買いにいきそう。

 

稲荷大社を軽くみて、その後は京阪電車に乗って宇治にいきました。宇治駅を降りて向かったのは「伊藤久右衛門」。宇治茶をメインにしたお店。料理やスィーツが楽しめます。

 

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注文したのは宇治チーズケーキとほうじ茶ゼリーのセット。980円ぐらいだったかな。濃厚宇治抹茶チーズケーキにさっぱり味のほうじ茶ゼリーが合う!!

 

お店で宇治抹茶かぷちーのを購入して家に帰りました。

 

 

アカン・・・これからは七味と伊藤久右衛門のためだけでも京都に行くと思う。

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いつもそこにいる。

大袈裟だけど11月はまさに「天と地」を味わった。久しぶりの脱力・喪失感。今も立ち直れない。

 

神様はいる。それは知っている。でも願いを叶えてくれるわけではない。

 

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神様はいつだってそこにいて下さるんだ。どんな時でも受け止めてくれる。「おかえり」と受け止めてくれる。

 

何年・何千年と変わらずにそこにいてくれる。それが神様。

 

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願いを叶えるのは自分のちから。努力するのは自分。神様はそんな自分を見ている。ただ静かに見ている。

 

わかってるんだ。私は逃げていただけ。考えないようにしていただけ。でもついに引導を渡された。いつまでも夢を見てないで現実を見なさい。そう突きつけられた。今回の件は私が原因なんじゃないか。私への戒めにこんな事が起こってしまったのではないか。そんな風に思った。

 

そこまで思うなら現実を跳ね返さないと。まだ望みはある。私が想像した最悪の事態まではいかなかった。まだ希望はある。

 

今、今頑張る時じゃない?まだ時間はある。環境も整っている。今なら間に合う。ここで変わるんだ。「天と地」ではなくあれがあったから今の自分がある。そう思えるようになりたい。諦めたらだめだ。成し遂げないと。諦めない者が成功するんだ。成功するまでやればいいんだ。

 

必要なものは情熱と根気と諦めない気持ち。理想の生活があるなら、どうやれば実現できるかわかっているならやるべき。行動するだけ。今回の出来事をチャンスに変える。そうでなければ今の流れは変わらない。

 

目標があり達成する方法もわかっているなら行動のみ。「成功するまで諦めない」この気持をもう一度思い出せ!!

 

 

感謝の気持ち

2017年9月の第三週目は幸せがいっぱいだった。

 

まずは中3息子の中学最後の運動会。息子は頑張っていました。息子だけでなく同級生の子達も小学1年生の頃から見てきているので皆、成長したなー、立派になったな、って思うとなんだか感無量!!だって高校はそれぞれ別になりますよね。もうこの子達の学校生活での成長した姿を見る事がないんですね。

 

中学3年生は育児していく上で2度目の卒業のように思います。

1度目・・・・幼少期(幼稚園に入園するまで)

2度目・・・中学卒業

 

息子の成長も嬉しいのですが、次は小4娘。9月の第三週目は娘の運動会もありました。娘は負けず嫌い。徒競走、リレー共に1位。やはり子供が1位だと嬉しくなります。

 

そして別の曜日ですが大好きな方から贈り物が届きました。まさか私のところにも届くと思っていなかったので嬉しくて・・・!!大切にします。

 

そして更に、どうしても行きたいと思っていたあるスポーツの試合のチケットが当たりました!!何度も抽選で申し込んでいるけれど当たったのは初めてです。特に今年は激戦のプラチナチケット。まさか当たると思わなかった。行く!絶対に行く!何事もなく無事に生観戦できますように。もう神様にお願いするのみです。

 

そして週末はお世話になっている方にお会いできました。本当にずっとおっんぶに抱っこで、私が今、頑張らないとどうするの!と言った状況。私がしっかりと自分の目標を達成する事がご恩返しになるので頑張ります。

 

たくさんの方に感謝の気持ちと「有難う」を伝えたい。気持ちだけではなく形で残さなければ!!

 

今年もあと2ヶ月!!勝負の年です。頑張ります!!

 

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コードブルーが終わった

ちょっと時期がズレていますが「コードブルー3」が終わった。コードブルーは1からずっと面白い。医療ドラマは安定して面白いな。

 

子供たちに言わせると私は「血が流れるドラマ」しか見ないらしい。^^;

確かに医療か刑事モノしか見ない。えっと10月からコウノドリが放送されるはず。これは絶対に見なければ!!コウノドリは泣くけどね・・・

 

で、コードブルーですよ。最終回はいつも大きな事故現場の救助となるのですが、今回は開通前の地下鉄線路内。開通記念で300人のウォーキングを行い構内が崩れて惨事となります。

 

二次災害で藍沢・藤川・緋山まで巻き込まれたわけですが、藤川先生以外は軽症。子供を助けた藤川先生は巨大なコンクリが腰から下に落ちて動けない状態。仰向きだったのが不自然だったけど仕方ない、うん、ドラマだもんね。

 

さすがに冴島さんが藤川先生まで失う事はないだろうし、藍沢が駆けつけてきたので助かるとは思ったけど・・・その方法がカッコ良かった!!

 

あれだよね?7年前の藍沢だと脚を切断するしか助ける方法が無かったけれど、今の藍沢だから切断せずに助ける事ができた、って事だよね。

 

血液を止めたり流したりのタイミングや、どこまでの出血量なら助かるかのギリギリの判断は藍沢の腕と経験が無ければ成立しなかったんですよね?エンディングで元気になった藤川先生が左脚を引きづりながら処置室に入ってきたシーンが映りましたが、あれは後遺症が残ったって事だよね?

 

それでも命を落とすことや左脚を失う事はなかった。救命の医師を続ける事ができるって事ですよね。藤川先生は救命のオアシスだもんね。彼の柔らかく明るい人柄は張り詰めた救命現場の癒やしになる。冴島さん、見る目あるぞ!!

 

藍沢先生はトロントに行く決心をしました。緋山先生には恋人ができるし、丸く治まった最終回でした。

 

やっぱりコードブルーは好きだな。

 

 

いつ終わるかな・・・

私は若かりし頃は販売員をしていた。その時に弁護士と教師・・・いわゆる「先生」と呼ばれる職業の方を怒らせると大変だと思った。

 

販売業をしているとクレームのくる事が度々ある。こちらはお客様のお話を聞いてお詫びして何かしらの解決法(商品不良なら返金・交換・修理など)で対応する。たいていの方はそれで納得して下さる。

 

でも先生方は違う。お詫びや解決法では納得してくれない。「私は謝って欲しいわけではない。何故こうなったのか知りたい。」・・・で、説明しても納得していただけない事が多い。そして解決法に関しては耳をかたむけてくれない。

 

「何故こうなったのか、今後どうするのか。納得できるよう説明して下さい。」のような事を言ってくる。説明しても「それはおかしい。」と、くる。ごもっともな理詰めでくるのです。

 

もう私の手に負えない。1 言えば10倍20倍になって返ってくる。でも決して理不尽ではなく「ごもっとも」な意見だったりする。そして表面上はおだやかだけど自身が納得するまで許してくれない。

 

もうどうすればいいのー?!具体的な解決案をそちらがだしてよ、と思うのですが先方は「さぁ、考えなさい」て感じで中々解決しないのです。

 

「理詰めの方には近づくまい。」そう思っていた。でも最近仲良くなった方が理詰めだった。意見の食い違いからものすごい理詰め。そして私の応えをもとめる。

 

・・・ごめん、私が悪かった。謝るからこの話しはもう終わろうよ。そう思っているのだけど相手は全然納得していない。・・・はぁ やってしまった。口は災いの元とはよくいったものです。

 

 

私の過去を振り返る。①

私って贅沢なんですよね。思えば昔から現状に満足しない。自分の記憶では現状から逃れたいと最初に思ったのは幼稚園の時。

 

でもこれは仕方ない。私は苛められていたので。女の子一人と男の子2人。この3人がいつもつるんで私を苛めていた。私は誰にも言わずただされるがままだった。「親や先生にいいなさい」とよく言うけど、この頃は「親や先生に言う」という事がわからなかった。何をどうしたらいいのか考える事もなく、ただ「この3人はいつも意地悪な事をする」それを受け入れていた。ただ早く「小学校に行きたい」それだけを思っていた。

 

幼稚園を卒園すると親が新築一軒家を購入。私達家族は二駅向こうの土地に引っ越しをした。当然、同じ幼稚園の子どもはいない。私の事を全く知らない人達が住む場所。

 

新築の家の匂い。私と姉の二人部屋。ワクワクした。どうも私は子供の頃は変わっていたようだ。幼稚園の記憶はあるのに小学1,2年の記憶がほぼ無い。友達もいなかった。でも母がよく先生に呼び出されていた事は覚えている。私が幼稚園の時に苛められていたのも多分、変わっていたからだと思う。・・・私、どんな子だったんだ?

 

私が変わったのは3年生から。3年生の時の担任に救われた。担任の先生はとにかく私の話しをよく聞いてくれた。「大人が子どもの話しを聞く。」これって凄く大事。それだけで子どもは自己肯定する事ができる。普通に友達ができるようになった。自己肯定って大事。自己肯定ができるようになると可能性がグッと広がる。身をもって実感した。

 

3年生から6年生の卒業までは楽しかった。でも中学生に憧れた。まず制服がセーラー服で可愛かったし、何より中学校が家から近かった!徒歩1分!私は中学生になる事が楽しみだった。

 

長くなるので続く。